Philinn
Имитирую сарказм

ふたり暮らしは恋人同士で付き合うのとはワケが違う。恋人同士で付き合いなら、週に1,2回、映画や食事などを楽しめれば、それでいい。しかし、一緒に暮らしするならとそうはいかない。食事の準備や後片づけはもちろん、掃除、洗濯、ゴミだし……等々やっかいな「家事」というお荷物がついて回る。日々の暮らし、生活という現実は、束の間のデートは違って、とてつもなく重く、面倒で、やっかいだ。

しかも、恋人同士なら、デートが終われば、お互いに自分の世界に帰れるが、ふたり暮らしでは朝起きて、仕事にかけるまで、そして仕事から帰ってきて、食事をして、お風呂に入って、寝て、起きるまで、ずっと一緒だ。終末は仕事がないから、まるまる一日中一緒である。これが1週間、2週間ではなく、5年、10年、20年、30年……と延々続く(もちろん破綻すれば別だが)。「毎日がデート気分」でいられるのは、残念ながら、最初のうちだけである。

ケンカタネも、「デートの待ち合わせに遅刻した」から、煮物の味付け、ベッドカバーの色、互いの両親や親戚のこと、子供のこと……等々、次から次へと増えていく。ふたり暮らしを始めれば、互いの「実家」や友人知人など関わる人も増える。ふたりの生活はふたりのものだが、ふたりだけのものではない。世界がふたりのためだけにあるのは結婚式・披露宴の当日くらいのもの。そう覚悟しておいた方がいい。

лексика, грамматика


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